【自分語り】3.31 婚礼屋を辞めた日

カメラのお話

今の僕をとりまく環境が少ししんどくて少しおセンチな気分の、ぱんだり(@pandaryman)でございます。

自分語りウゼー。

ちょっと語らせてくれないか…

これを書いているのは3月31日の20時。
僕にとって、今日と明日は少し大切な日。

今の僕の状況は、少ししんどい状況で、会社内部も変革期な時に新型コロナの影響で非常によろしくない状況。
もちろん、その中でも自分なりにやっている中で、少し昔のことをふと思い出したわけです。

だから、少し自分語りをしたいな…と。

そんなわけで、「お前の自分語りはどうでもいいよ」って人は回れ右をしていただくことをおススメします。
「ちょっとおセンチなのね、さぁさぁ聞いてあげましょう」って優しい方は、読んで頂けると本当にうれしく思います。

どこかに、”思い出してしまった想い”を吐き出したかった。

 

僕自身の人生にとって大切な日は、いろんな人にもあるようにやっぱりあって、それは人生の転機だったりするわけですが、今日という日3.31は婚礼屋を辞めた日

そして、明日4.1は今の会社に入った日。

どちらも大切な日。

プロになるまで

高校生で親父からもらったカメラで写真を初めて、楽しくて仕方なかった。
第2の父親とも思っている、師匠と呼べる人に出会い、もっと楽しくなった。
もちろん、苦しい事もあったけれど、僕なりの写真の基礎というか、思想はこの人にたたきこまれた。
「プロになりたい」と思いながら、進学校なのに勉強そっちのけで写真に没頭した。
自分の才能の無さに気づき、別の方向の大学に進んだ。
大学では、卒業アルバム会社に勤めていた先輩にスカウトされ、スクールフォトのアルバイトをしていた。
コニカに就職した別の先輩が、返ってくるたびにコニカのフィルムをたくさんくれるのがありがたかった。
ほとんどが修士に進む中、中退と言ってもいいくらいの扱いで学士卒業をした僕は地元の企業に就職した。
給料はよかったけれど、誰よりも働いた。残業実績の時間は減らして書くのが美学だなんて思っちゃうくらいに社畜化していた。
いや、僕より働くやつが一人だけいたけれど。
普通に生活できる数か月の閑散期には、たまーに、スクールフォトのアルバイトをしていた。
プロになるなんて、思っていなかった。
ただただ「誰かのためになる写真」が好きだった。

今でも思う。
あの生活は異常だった。
僕の生活の異常さに、義母がしびれを切らし、最終人事権をもっている自らの企業を紹介してくれた。
かなり良い企業で、待遇は良かった。
ちょうど、僕の中で「プツン」と音がして「会社、辞めよう」と思ったタイミングとほぼ一緒だった。
上司に辞める事を伝えた。
そして、ソースコードのコメントに「xxxx.xx.xx ぱんだり。辞めると伝えた日」と書いた。

数週間後、勧められた企業が不採用になった。
義母のところまで、たどり着くことができなかった。
「やる気を全く感じない履歴書だった」
不採用後に履歴書を確認した義母が、そう言った。
それくらいに、何もする気が起きていなかった。

会社では、可愛がってくれた先輩が直談判して(後で知った)営業本部長が転属を提案してくれたり、協力会社の取締役が席を餌にひきぬこうとしてくれたりといろいろあったけれど、どこにも興味がなかった。
「この会社を辞めたら、同じような職に就くのは難しい」という半分脅しのような声や、
「辞めてもエンジニアでいてほしい」という優しいお客様の声で複雑な気分だった。

有休消化もせず、もう辞めるまであと数日という日の夜に、一通のメールが届いた。
振り返ればすぐ真後ろにいる、一つ年下の後輩。
僕よりはるかに働く、一番尊敬する後輩。
「ぱんだりさんは、これから先を決めてないというけれど、僕はぱんだりさんにはカメラマンになってほしいと思ってます」

数日後、僕はシステムエンジニアを辞めた。

それからは、数か月ニートをした。

毎日FFをしていた。
結婚する大学の先輩のプロフィールムービーを徹夜で作った日、長女が産まれた。

娘の父親は、無職だった。

ぱんだり、プロになる

娘が産まれてからも、特になにも変わらなかった。

ただ、娘は可愛いかった。

しばらくして、ハローワークで結婚式場のカメラマンの求人を見つけた。
あの日の後輩の言葉がいつも頭にひっかかっていて、そういった求人もチェックしていた。
友人の結婚式で撮影した写真をまとめていた写真をもって、応募してみた。

「猫の手も借りたい」
式場はそんな状況で、それが非常に運が良くて、当時の社長が拾ってくれた。

思った以上に難しかった。

感動する式では泣いてしまった。
それではダメだと思った。

先輩についてサブでの撮影が続いた。
不安しかなかった。

集合写真の声掛けができなかった。
集合写真の顔だしチェックすら、まともにできなくて先輩を怒らせた。

アルバムを作るのが遅くて、何度もせかされた。

独り立ちをする時、緊張でトイレで何度も「う゛ぉ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛…」ってえづいた。
これは独り立ちしても、しばらく続いた。

眼鏡が邪魔になるからと、怖いながらコンタクトにした。
「眼鏡装備で完成する顔」が、「完成しない顔」にもどった。

和装の振り付けができなくて、何度も美容師の先生にこっぴどく叱られた。
ここでは書けないような内容だった。
式中の撮影では、後ろで美容師の先生からの陰口が聞こえた。

なにもかもできなかった。

ゼクシィやなんとかウェディングという雑誌を買っては、綺麗な写真を切り抜いてポージングの線を引いたり、和装の分析をした。
可愛いポージングを見つけると、「どう伝えるべきか…」と鏡の前で真似をした。
女子力が上がった。

白無垢を着たりもした。
さらに、女子力が上がった。
それでも数年立つと、なんとか形にはなった。

「悔しい」がたくさんあったけれど、それでも楽しかった。
結婚式は笑顔がいっぱいだった。
とにかく写真を撮るのが楽しくて、仕方なかった。
仕事だけで、満足だった。

同じ県内の同業他社を見てみると、素敵な写真がたくさんあった。
試してみようとネタをパクった。

この業界、パクリパクられだ。

そして、絶望した。

見れば見るほど、目が肥えていく。
どんどん遠くなっていく、理想の写真。

じわじわと、写真を撮るのが怖くなっていった。
アルバムを作る度に、自分の写真が嫌になっていった。
最後には、シャッターを切ることが本当に苦痛になっていた。

そんな時、知り合いの別業種の人から「うちに来ればいいのに」って誘われた。(この話は結局なくなったけど。)

先輩カメラマンが辞めると聞いて、僕もそのビッグウェーブに乗ることにした。

辞める1か月ほど前、写真の師匠と話をした。
「もう僕は写真が撮れません。撮りたくありません。無理です。」
師匠に初めて話した弱音だった。師匠の前では、強がっていたかった。

師匠は「うーーん…」とうなった後で、
「いつかまた、撮れるようになるよ」
と笑顔で言った。

辞める数日前まで、婚礼を撮影した。
皮肉にも、パフォーマンスは最悪ではなかった…と思う。

そして3月31日。

僕は、婚礼屋を辞めた。

もらった寄せ書きを帰ってから読んだ。
今ではほとんど忘れてしまっているけれど、大切にしまってある。
美容師の先生からのメッセージには、
「私の厳しいしごきに、君はよく耐えて、よく頑張ったよ」
とあった。
怖かったけれど、嫌だと思う事はたくさんあったけれど、でも間違った事は言われていなかった。
だから嫌いじゃなかった。
今でも名前を聞くだけで鳥肌が立つけれど(笑)

その後の、ぱんだり

4月1日。
SNSに「転職しました」と書いた。
そこでの人たちには伝えていなかったので、みんな驚いていた。

数日後、なぜかアルバイトで婚礼の前撮りを撮影した。
ほんとうに直前の依頼だった。
やっぱり、シャッターを切るのは怖かった。

今は、別分野で働いている。
接客をしたり、商品を作ったり、社内SEをしたり。

別件で、スクールフォトにも携わる機会が増えた。
子供とどう接すれば良いのかわからなかったのが、少しずつ掴めはじめた。

だんだんと、写真が楽しくなってきた。

個人的な撮影もするようになった。
もちろん、嫌になることは多々あったけれど、いろんな人たちがくれた言葉を思い出しては、ゆっくり持ち直していった。

ふとした縁で、尊敬する婚礼カメラマンさん達ともつながれた。
僕が自身を失うきっかけの一つでもある(笑)、すごいカメラマンさん達。
ほんとうに楽しそうに写真を撮っている姿が印象的だった。

ふとした縁をつなげてくれた人は、自らを犠牲にしてまで支えようとしてくれた。
厳しい言葉だったけれど、すごく支えになった。

別口の縁で、婚礼カメラマンのアルバイトも孫請けでするようになった。
仲介さんがちょくちょく言ってくれる「ぱんだりさん、人気ですよ~」ってリップサービスが支えだった。
ホテルのプランナーさんからは「あなた、うちの社員になればいいのに」って言われた。
リップサービスと分かっていたから「僕には無理ですよ~」と笑った。
「あら…。でもあなた、婚礼好きでしょ?」ってプランナーさんは笑った。

ああ、そうだ。
僕は婚礼が好きなんだ。
って、初めて自覚した。

婚礼でカメラマンをすることが好き ではなくて、婚礼そのものが好き。
二人が幸せそうなのが好き。
楽しそうな列席をみるのが好き。
笑うのが好き。

好きだから、楽しく写真が撮れる。

どうやら僕は、そもそもが間違っていたみたいだ。

うまく撮らなければいけない と思って、撮れもしないのにうまく撮ろうとしていたから疲れてしまっていた。
頭で考えすぎていた。

毎日毎日やっていてもずっと楽しめている婚礼カメラマンさんって、本当にすごい。
僕以上に、きっと婚礼が大好きで、才能もあふれる人たちだなって、知り合いのカメラマンさん達を見てて、思う。

でも僕には無理なんだ。

「僕は下手なんだ」ってちゃんと自覚したら、楽になった。

「それでも喜んでくれる人がいるなら、全力で楽しんでもらおう。
その楽しい想いと、楽しい写真さえ残せたらそれで充分なんじゃない?」

今では、その想いだけで楽しく写真を撮らせてもらってます。
「会場全体を楽しませるカメラマン」
それが今の僕の代名詞になっているようです。
SNS映えするようなキレイな写真は僕には撮れないけれど、会場のみんなの笑顔を残す、最低限のアルバイトだけはきっちり楽しんでやりたい。

婚礼業界に未練がないといえばウソになるけれど、きっとそこに身を置くと、自分はまた同じことを繰り返すと思っています。
だから、依頼があるうちは、楽しんでうけれる数だけ受けようかと。
この先、体力がなくなれば、受けることもできなくなる。あと数年かな。
あと5年っていうのは、無理だな。
もちろん、依頼がなくなれば、僕への需要がなくなったんだと、あっさり引き下がる。
そうなったら、未練はないよね。
それでも、それまでは、楽しませていただこうと思ってる。

3月31日

それは、僕にとって、最も婚礼が嫌いだった日。

最後に

とても長い、写真もない、うまくまとめれていない自分語りを最後まで読んでくださってありがとうございました。
悲劇のヒーローなつもりはございません、むしろ喜劇のヒーローくらいで(違

僕はすぐに自信を無くしてしまうヘタレ。
もちろん、本職さんからしたら僕のスタンスは「ふざけんな!甘ちゃんがっ!!」ってレベルなんだろうなって思ってます。
でも、これはヘタレなりにいきついたところなので、もし、気に障ったとしても、そこはスルーしてやってください。
「そんなレベルの低いカメラマンと一緒にされちゃ叶わんわ」なんて言わずに、どうぞどうぞよろしくお願いします。

楽しんで写真を撮ることができるって、とっても大切で、本当に素敵な事なんですね。

ほいじゃあね。

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